AVは廃止にしなければならない

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人間、誰にでも性欲はあるでしょう。セックスがあって子が生まれ、代を継いで、人間社会は成り立っている。それに、性というものは神の陰陽の原理が地上に表されたものであるため、本来汚れたものではないのです。

しかし、ものにはルールというものがあります。食べないと生きて行けないし、かと言って食べ過ぎても良くありません。
そして今の人間たちはセックスにルールはないと思っていますが、セックスにもルールがあるのです。

男と女が出会って愛し合い、結婚し、セックスをする。そして子供が生まれ、幸せな家庭を作る。ここにはセックスというものがありますが、悪いものではありません。
しかし、夫が外で他の女とセックスするとそれは、悪いものになるのです。

いや、男と女が出会って、愛し合い、セックスをする・・・これも悪いことなのです。
なぜか? 「結婚」が抜けているからです。

もし結婚という形式を取らずに、彼らが一生、ひとつのつがいであり続ければ問題はありませんが、そううまくは行かないのが現代社会ではありませんか。つまり、結婚とは形式に過ぎないのですが、この契約をすることによって「決心」が生まれることが大事なのです。

人間は霊意識を取り払われている状態です。だから頭で~自我意識で考えて人生を歩んで行かねばならないのです。そのためには「私は一生、この伴侶とだけ性行し、他とは性交しない」という考えを持つことが重要となって来るのです。

もしこれをしないと、「我々は契約をしたわけではないから、何をやっても自由だ」という誤った幻想を抱きやすいのです。

特に現代のように、たぶらかす人間が多くては、たぶらかされた人間が他の人間をたぶらかし、延々と輪を作って行くことになるのです。
「童貞、処女は恥ずかしい。どんどんセックスしろ」このように毎日テレビやネット、日常で囁かれています。これがたぶらかしなのです。
誰が「純潔を守れ」「処女を守れ」と声高に言っているでしょう? 

この宇宙には人間の知らない法則があるのです。
いや人間は知っているのに、勝手に捻じ曲げてしまっているのです。

たとえば「人を殺してはいけない」と知っているのに、「攻撃させたら戦争だ」、「死刑にしろ」、「正当防衛なら赦される」「警官や軍人がひとを殺しても殺人にはならない」など。

そして人間は結婚まで純潔を守り、結婚後は一人を貫かねばならないのに、「結婚前なら何をしてもいい」、「個人の自由だ。他人が口を出すことではない」などと言うようになってしまっているのです。

このようにいつの時代も絶対の法則をねじ曲げて、自分たちで自分たちを不幸にして来たのです。
そこで、人類に本当の法則を教えねばならない必要が生じました。それをしたのが歴代の聖人たちなのです。キリストやモーセ、仏陀、ムハンマドもそうです。(ただしモーセ、仏陀、ムハンマドは過ちも犯したが)
そして現代人は何が正しく、何が間違っているか知らねばならないのです。

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