旧約聖書 ナオン オナニーの語源 堕胎は是か非か

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旧約聖書の創世記38章にアブラハムの孫ヤコブの12人の息子のひとり、ユダの話が書かれています。

ユダには3人の息子が生まれますが、長男は妻を娶ったものの、邪悪であったため死にました。(聖書では神に反したため、神に殺されたと書かれている)
イスラエルではレビラート婚という制度があり、ある人が子供を残さないで死んだ場合、その弟が兄嫁の子を作らねばならないので、長男の弟のオナンという人が兄嫁を娶ることになりました。
しかし、オナンは子供が自分のものにならないで(宜上兄のものになる)、「彼は兄嫁に入る度に子種を地に流した。それは神に反することだったので彼も殺された。」というのです。

ここが問題です。「子種を地に流した」とは何か。なぜそれが「神に反すること」なのか。
そして、それが殺される程、悪いことなのか。

一般的解釈はこうです。「子種を地に流した」とは「セックスの時、外に射精すること」で、転じて「マスターベーションは悪いこと」と。
これが「オナン」が「マスターベーション=オナニー」の語源になっているのです。

しかし、それではマスターベーションが神に殺される程悪いことなのか。
他にももっと邪悪なことをしている人々がいるではないか。

そこで論理的に考えてみます。「神によって殺された」とは「神が殺した」という意味ではなくて「カルマの力が働いた」と解釈するべきことなのです。
つまり、「人を殺した者は殺される」ということです。

ではオナンは誰かを殺したのか?
「子種を地に流すこと」が「人を殺すこと」になるのか?

さて、聖書の原文ではそこのところを「地に流した」としか書いてありません。「子種を」というのは翻訳の際の意訳の付けたしなのです。

では「地に流す」とはどういう意味か。

これまで聖書学者によって、この箇所を真剣に議論されたことはないでしょうし、この箇所を正しく解釈した人はいないことでしょう。
私はこれをこう解釈します。
「堕胎」と。

つまり、「オナンは妻が身ごもる度に堕胎させていた」というのが私の解釈なのです。

ところで、私はあらゆる地上の法則を解釈し、あらゆる問題を論理的に解明しているのですが(聖書と神話の解読および、エドガー・ケイシーの言葉によって)、これまで私にも答えの出せない問題がありました。
それが「堕胎は是か非か」という問題です。

特にレイプ被害にあった女が妊娠した場合、堕胎してはいけないのか、ということは、結論付けられないでいました。
それに日本の法律では妊娠何カ月までなら堕胎してよい、というものがあります。

しかし、今私は「堕胎は殺人にあたる」と解釈するようになりました。
ケイシーは妊娠後数か月から出産後数カ月の間に赤子に魂が入る」というようなことを言っていましたが、つまり、肉体に魂が入るのは個人差があって、その肉体がまだ入れ物であり、魂が入っていない状態なら、そして止む無い場合なら、堕胎はゆるされるのかも知れません。

しかし、我々にはいつ赤子に魂が入ったか見極めることが出来ないではありませんか。
それに現在の堕胎は多くの場合、未成年者が期せずして妊娠したから堕胎するというケースでしょう。そのような通常のセックスの場合は赦されないと私は思うのです。

ですから結論として、
当たり前なことですが(その当たり前なことが邪悪な現代人は出来ていない)、安易にセックスしてはならない、ということです。
セックスしなければ妊娠しないわけですから。

これには良識ある大人たちの教育が不可欠です。そして社会の改革も。
さらに、通常の恋人たちも安易にセックスしてはならないし(結婚までなんぴとも性交してはならない)、堕胎をしてはならないのです。

さらに、出産前に子供が障害者だと分かったケースは? (子供が発達障害だと分かると堕胎するケースが多いらしい)
これもいけないこと。

やって来た子供に障害がある場合、その子を育てることがその夫婦にとっての試練として与えられたのだから。もし、堕胎したらその夫婦は殺人をしたことになるのです(聖書によれば~つまり神の法によれば)。

では、レイプ被害社が妊娠した場合は
それはまずレイプなど起らない社会を我々が作らねばならないということ。

そしてレイプ被害者のその後のケアを続け、妊娠のごく初期で堕胎すること、だと思うのです。
(障害児だと分かるのは胎児がだいぶ成長してからのこと~だから障害児の堕胎はいけない。一方、レイプ被害者の堕胎は、はっきりとはいえないが、現行の法律通りの堕胎をしてもいいのではないか?)
このようにレイプ被害者だけを特別として見た場合、今の社会から極端に「堕胎」というケースはなくなるでしょう。

そして、堕胎は殺人に値すると、我々が認識し、安易なセックスをしないようにし、障害者が生まれないようにし(性交前の男女=父母の行いを正す)、それでも障害児が生まれた場合は、受け入れるというのが「答え」だと私は思うのです。
そして社会はその障害児を支える制度を(障害があっても就職が出来るようにするなど)することです。


現在の性産業は堕落の一途を辿っています。
ではそのようなことをしてもし妊娠したら? 適当に堕胎させる? するとどうなるか?
聖書によれば・・・
(彼らは長寿を全うしたくないのか。幸せな家庭を築きたくないのか~方向転換すべし~あるいは神の赦しがないとも限らない)

では妊娠させないなら何をやってもいいのか。いや、妻以外の女と性交することも何らかのカルマになるのです。
「目には目を、歯には歯を」。
(人間の魂の流転について知りたい方はブライアン・ワイスの本を読むべし。一人の人間がある人生では商人、ある人生では戦士、ある人生では売春婦となっているのが分かるだろう。)








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