サムエル記から アムノンとタマル セックスの法は存在する

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物語

ダビデ王の長男アムノンは腹違いの妹タマルに恋をして手籠めにしてしまう。
しかしアムノンは交渉後、気が変わり、タマルを毛嫌いするようになって、捨ててしまう。
それに激怒したのが、タマルの兄アブサロムだった。彼の怒りは消えることなく、機会を待ち、数年後アムノンを殺害してしまう。


さて、なぜアムノンはタマルを嫌うようになったのか? 定かではありません。
性行したものの、妹だったため何か嫌悪感が後から生じて来たのか? 

問題は、彼が本当に彼女を愛していたかです。
おそらく、ダビデ王は数々の愛人を持っていたし、その息子らも奔放だったのでしょう。つまり、アムノンはセックスを軽いものと捉えていたということです。
そして一人の女を一生愛するということが神の法であるということも知らなかったのでしょう。

また背景にはヨナダブという人物の入れ知恵もありました。つまり、第3者によるいい加減なアドバイスです。
(適当なアドバイスをするカウンセラーや占い師に注意。習ったら知恵を得られるというものでもないからだ。ましてや上辺だけ名乗っている凡人も多々いるに違いないのだから)

アムノンはヨナダブのいい加減なアドバイスに従って、間違った行動をしてしまったというのも問題の1つです。

そして姦淫する立場の者ではなく、姦淫された立場の人間からすると、その恨みは容易には消えないわけです。
自分の妹を凌辱された兄のアブサロムの怒りは、数年経とうが消えることはありませんでした。


ここで考えなければならないのは、このお話の中だけのことで済ましていいのかということです。
現実世界でもこのような問題は多々起こっているはずなのですから。

しかし、もし皆が「神の法」を知っていたら。
それはセックスの問題に限った話ではありませんが、性に関して言えば、

“人間は生涯に一人としか性行しはならず、それも結婚後でなければならない。
そのため、伴侶は慎重に選ばねばならない”
というものです。

これをアムノンが知っていたら安易な行動はしなかったでしょうし、ヨナダブも変なアドバイスはしなかったでしょう。恨む人間を輩出することもなかったでしょう。

現代、「社会の習慣」というものが「ヨナダブ」のようなものです。
「適当にセックスしてしまえ」「まだ未経験なんて恥ずかしいぞ」などと囁くのです。

そして多くが姦淫者となり、多くが恨まれ、多くが神の法を犯すということになっているのです。

ここに神の法の大切さがあります。

もし万人が慎重に結婚相手を選び、お互いがお互い以外になく、他人が介入する隙のないカップルだったら(ツインソウル同士が理想)、それは姦淫ではないし、誰も彼らを恨むこともなく、彼らは平穏な両親になるであろうし、離婚もなく、子供が傷つくこともない、というわけなのです。

アブサロムの立場になったら?と想像してみてください。
彼の怒りは「理屈」ではないのです。

このような説明しがたい心情のためにも、現代人は神の法を理解する必要があるのです。
この世には人間の考えを凌駕した法が存在するのです。
政治家が作る法も、学校の教諭が教えることも人間の浅知恵です。

だから現代人は人間の知恵を超えたものがあることを探究しなければならないわけです。
しかし、神の法というのを教えられる人は、なかなかいないものです。皆無と言っていいかもしれません。

もしみなさんが学ぶとしたら、それは福音書の中のイエスの言葉の中に見い出すことくらいかも知れません。
(もしくは私のホームページから)





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