韓国フェリー事故犠牲者を追悼する 真面目はいいが、真面目過ぎないように

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事故の状況をテレビのニュース番組で報道していましたが
事故当時、艦内では繰り返し、「絶対に外に出ないで、その場で待機するように」と学生たちにアナウンスが流れていたといいます。

学生らは生真面目にこれを守って亡くなったのです。

もし、学生たちがアナウンスを信じず、独自に動いていたら、ほとんどが、いや全員が助かったかも知れないではありませんか。

繰り返し流れた艦内放送が元凶。人間の声がテープのようなものだったのかは不明ですが。
しかし、それに罪があります。また乗客を見捨てた艦長にも。

私はよくカルマ云々言いますが、この場合もカルマなのか。学生たちに過去生のカルマがあったのか。
それは分かりません。霊能者にはあるいは霊視できるかもしれませんが・・・。

私が全く自我意識で考察するに、これはカルマというより人災だった~本来避けられるものだった~のではないかと思うのです。
彼らは死ななくて良かった人々ではないかと思うのです。

ここで亡くなった方々への哀悼と今生きている人々への教訓を

「あまり真面目に成り過ぎないように」

特に韓国の学生たちは学校の教諭らには絶対に逆らえない教育を受けていたのでしょう。韓国は軍隊のある国でもあるので、命令系統には従わねばならないとか。

礼儀は大切です。老人を尊重し、目上の人に敬語を使うこと。会社に後から入って来た人が年上なら敬語を使うということも。
しかし、「権威」を盲目的に崇めてはならないということです。

世の中には極端に神の法を破る人々がいます。セックス産業に関わる人間らです。
そして国民を騙し税を上げ、金のため原発を林立する政治家や役人たち。

一方、生真面目な人間たちがいます。
彼らは必ずしも善人ではないが、生真面目なのです。犠牲になった韓国の学生なども。

日本のサラリーマンも。彼らは過労死するまでノーと言えないのです。法をロボットのように遵守する人々も。
参照:「法とは

皆、自分の頭で何が正しく、何が間違っているか考えるようにしなければなりません。

学者だから必ずしも正しいことを言うのではなく、医者の免許を持っていたら誰でも信用できるわけでなく、ストラディバリウスは良いとは限らず、ブランドは絶対にいいというわけでもなく、自分の目を信じろと私はいいたいのです。
「周りの人々がこう言っているから、自分も」ではいけないのです。

社会も(大会社も)東大出身だから有名大学出身だから採用するということを止めるべきです。
有名企業は高学歴者ばかり採用しているという事実は、社会が以上のように自分の目を持たず、盲目になっている証拠だと私は思います。

そして盲人が社会を運営し、今の地球は崖っぷちに向かっているのです。あるいは船のように転覆しようとしているとも言えます。

あなたが崖から落ちないためには自分の目を養うことです。「誰かが言っているから、自分も」という態度を捨てるべきなのです。

今、日本のほとんどの人間が、神などいないと言い、宇宙人はいないと言い、転生を信じず、超能力を否定しています。そして多くの人間がその他大勢から外れることを恐れるあまり、誤った世に迎合してしまっているのです。
大勢が正しいこともあるし、大勢が間違っていることもあるのです。 

判断を誤らないために心を研ぎ澄ましておくには、性的に清くあること、他者を害さないこと、反対に慈愛を持つことです。これが我々を守るのです。
こうすれば道案内人が崖っぷちに案内する盲人であるかないか見極められるようになるでしょう。






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